ヴィム・ヴェンダース、1945年生まれ。70年代のニュー・ジャーマン・シネマを生み出したひとりであり、現代映画を代表する映画監督である。第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『パリ、テキサス』(’84)で、ロードムービーは彼の代名詞のひとつとなり、『ベルリン・天使の詩』(’87)など数々の名作を発表し、80年代、90年代のミニシアターブームを牽引する。現在の日本映画への影響は計り知れない。
クリエイティブディレクター、小説家
株式会社電通グループ グロースオフィサー
JR東日本「行くぜ、東北」など数々の広告キャンペーンを手がけ、2度のクリエイターオブザイヤーなど国内外の受賞多数。その活動領域は広く、著書に小説「オートリバース」(中央公論新社)や、海外でも評価の高い絵本「まっくろ」(講談社)、「表現の技術」(中公文庫)などがある。
株式会社ファーストリテイリング取締役
有限会社MASTER MIND 代表取締役
2012年に株式会社ファーストリティリング入社。以降ユニクロのグローバルマーケティング・PR担当役員として従事。2018年より同社取締役。2020年よりグループ上席執行役員をつとめる。個人プロジェクトとして、The Tokyo Toiletを発案、実現する。
私は今、人生のこのタイミングでヴィム・ヴェンダースという人と出会えて本当に幸せでした。彼の映像に対する考え方、映画へのアプローチの仕方、世界のみつめ方、それらは自分のなかの迷いに近い拘りをきれいに吹き飛ばしました。フロントガラスのずっととれずに半ば諦めていた曇りが消えたような感覚があります。日本という場所で、日本人のキャストと、日本語だけで、日本の物語をつくる。その過酷な条件があったおかげで(監督はとても大変だったと思いますが)私は最前列でこの映画が生まれるプロセスを目撃することができました。
監督は撮影がはじまるたびに「平山に会いにいこう」と言っていました。フィクションの存在を、ドキュメントのように慎重に(こちらの思い込みで切り取らずに)みつめる。それはとても美しいアプローチでした。役所さんが現場に入った瞬間に、そこにはもう平山がいました。役所広司という俳優がいかにしてそこに到達したのかわかりません。何度か聞き出そうとしたのですが核心にふれることはできませんでした。言葉にしてしまうとそれ以下のものにしかならないからなのかもしれません。そう考えると好奇心にまかせてずいぶん無粋なことを聞いてしまったと反省しています。
ヴェンダースは正しい距離をずっと、もしかしたら今も、キープしている気がします。本当に存在するひとなら、そうすると思います。そこが僕の浅さと彼の深さの決定的な違いです。撮影が進むとやがてテストというものがなくなっていきました。これには本当に驚きました。俳優の凄さと監督の深さがそれを成立させています。ミュージシャンのセッションのような時間でした。
平山という男が、自らあの暮らしを選びとったのだ。そのことを僕は映画ができあがってから気づきました。脚本には書けないものがスクリーンには映っています。これは本当にすごいことだと思います。
僕たちがこんなにも自由に迷いながらやってこられたのは、柳井康治というひとの「面白いものを面白がる才能」のおかげです。この映画がくれたたくさんの宝物を糧にして、できるだけたくさんのひとが平山さんに会えるようにしていきたいと思います。
東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定した頃、かつて父と交わした「人は誰でも一人一人違う。誰ひとりとして同じ人はいないという意味で平等である」という会話を思い出し、あらゆる人に開かれた、人間の根源的な部分に関わるものを対象に「自分なりのおもてなし」として始めたのがTHE TOKYO TOILET という渋谷区の公共プロジェクトでした。著名なクリエイターの皆さんに「誰もが使ってみたくなる公共トイレ」を新たにデザインしてもらうTTTは、公共トイレの新たな価値創出に繋がったと思っていますが、同時に清掃・メインテナンスの重要性を痛感させられました。「家のトイレは毎日掃除しなくても汚れないのに、公共トイレは1日複数回清掃しても汚れてしまう。」TTTへのポジティブな反応とは裏腹に、清掃の状況は重たい課題として現在も継続しています。こうした負の行動連鎖を少しでも良い方向に変えたいと高崎さんに相談した際、「個々の建築物としてではなく、TTTのトイレすべてが価値・意義あるものとして捉えてもらう努力が必要。そのためにアートの力が有効かもしれない」という言葉をもらいました。TTTの真の価値は、建築的価値のみでなく、日々汚れていくトイレを毎日毎日清掃し続ける清掃員の奮闘にこそあり、アートの力を通じて清掃員の皆さんへの感謝や敬意を表したいと考えるようになりました。では、アートの力とは何か?例えば、美しい芸術作品に出会った時、それが何か分からずとも感動することがある。そんな理屈を超えた感情は、きっと潜在意識に何かを植え付け、行動変容を引き起こす可能性すらある。こうした感情や行動の「揺らぎ」を意図的に起こす事に挑戦する為”TTT Art Film Project”が生まれました。
ヴィム・ヴェンダース × 役所広司は、トイレそのものを美しく切り取り、清掃員の日々の仕事に尊厳を与えるという意味で最高の組み合わせだと思います。
そうして完成したPERFECT DAYSを初めて見終えた時、僕は今までの人生で一度も経験したことのない感情に囚われ、言葉を発することが出来ませんでした。これからPERFECT DAYSをご覧になる方々の心の中にも、何かが芽生え、それが少しでも良い方向に気持ちや行動を変化させるものであって欲しいなと切に願っています。そして、TTTを訪れ、平山さんを探し、平山さんを感じ、平山さんに会いに来てください。